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2006年11月28日

当日フォトダイジェスト(速報版)

3日間を写真で振り返ります。

1日目<11/25・土>

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全国から集まった参加者のみなさん。北は札幌、南は那覇からもいらっしゃいました。

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個性あふれるゲストのみなさんを迎えてのパネルセッション。

2日目<11/26・日>

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子どもと遊ぶ森を大人たちが散策。

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とんばら探検隊の子どもたちと大人が顔合わせ。

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大人と子どもの「やりたいことミーティング」の様子。

 
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焼いも、焼き魚。和やかな時間が過ぎていきます。

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外で見つけてきた宝物のコラージュ作り。

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小雨まじりの中、「秘密基地づくり」が着々と。

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さんべワクワクミュージアム。どんな遊びをしたか、どんなものを作ったかをみんなでシェアする時間。大人と子どものいいかおがずらり。

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あっというまにお別れの時間。子どもたちの満足そうな顔が印象に残りました。

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大人たちのふりかえりの時間。大人のありように関するさまざまなキーワードが飛び交いました。

3日目<11/27・月>

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あっというまの3日間。最後は大きなサークルでチェックアウトメッセージ。

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託児の5人の子どもたち。3日間をふりかえって模造紙いっぱいに思い出を書いてくれました。

投稿者 yoshizawa : 18:12

2006年11月27日

全国フォーラム終了しました!

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初日の様子。ゲスト、参加者、関係者のみなさま、どうもありがとうございました。

島根・三瓶山で行った、全国フォーラム。
本日無事終了しました。

ご参加いただいたみなさま。大変おつかれさまでした。
無事、おかえりになられたでしょうか?

スタッフも各々帰路につき、今、5日ぶりの東京の自宅からアクセスしているところです。

お集りいただいた方々、プロセスやプログラムをさまざまな方面からささえていただいたみなさま。
あらためて、心から感謝の気持ちを申し上げます。
どうも、ありがとうございました!

 

投稿者 森川千鶴 : 23:39

2006年11月23日

まもなく開催です

明後日、島根でいよいよ全国フォーラムを開催します。

しばらくの間、探訪報告やゲストインタビューを中心に経過をお伝えしてきました。

準備を進める中、プログラムの検討も進み、今回、地元の方々にも多くの場面にかかわっていただくことになりました。
自然学校の指導員や教育専攻の大学生のみなさんがサポートスタッフとして来て下さいます。

近隣の公民館で活動している小学生たちを、二日目のワークショップにお招きします。これには、参加者が託児で同伴する子どもたちも一緒に加わります。
このワークショップでは、参加者、ゲスト、スタッフも一緒に場を作っていきます。

テーマについてじっくり向かい合う時間と、参加される方々の交流が深まるような時間、自分自身をふりかえる時間の持てる3日間にしたいと考えています。

また、会期中の26日に会場の近隣の公民館で、若い世代に伝承したい家庭料理をレシピとともに持ち寄る催しがあるということで、全国から集まるフォーラム参加者の一部がオプションメニューとして、自分の居住地域の保存食など1品持参して合流予定で、どんなにぎやかな食卓になることか、楽しみです。

スタッフも、緊張と期待を胸に各々現地に向かいはじめるところです。

全国各地から参加されるみなさん、三瓶でお待ちしています。
どうぞ気をつけておいでください!

なおフォーラムのもようを詳細お伝えできるのは後日になりますが、どうぞ引き続きご注目下さい。

それでは、いってまいります。

 

投稿者 森川千鶴 : 02:38

2006年11月22日

ゲストインタビューその5・難波克己さん

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2003年、赤城山でのワークショップフォーラムでの難波さんによるプロジェクトアドベンチャーのワークショップレポートより
(11/22発行メールマガジン 06-vol.11と同内容)

難波さんは、2003年の赤城山でのフォーラムにゲストとしておいでいただきました。
その後、プロジェクト アドベンチャーの普及に携わりながら、2005年春からは、玉川大学学術研究所助教授に就任されています。
また、同大学の「心の教育実践センター」主任代理もつとめながら、アドベンチャー教育、体験教育の手法を学校教育、社会教育、地域教育の領域に生かせるプログラムの開発と指導育成にかかわっておられます。

「学校が機能しない」という現場のSOSに応えて、全国の教育現場に赴くことも多く、海外の自由な学校に関する見識も深い難波さんに、今回の子どもワークショップフォーラムのゲストでおいでいただきます。

 難波さんの詳しいプロフィールは→こちらから

●今回のフォーラムに臨んで(ご本人のコメント)〜続きを読む、から。

 

それにしても、毎日教育現場での残念なニュースばかり聞こえてきて寂しいですね。
毎日良いニュースだけを発信するニュース番組をなぜ作らないのでしょうかね?

スタッフのみなさんが、旅の中で出会ってきた人達からのエネルギーのかけらを是非、参加される皆様にも「花咲き◯◯さん」のようにふりまいてほしいですね。
お話を聞いていると、やっぱり人って素晴らしいというか、素敵な人が存在することにほっとするのです。

今回のフォーラムは非常にタイムリーな気がします。
自分は普段から学校現場を見る機会が多いのですが、NHK番組の「ようこそ先輩」や「課外授業」のような学校現場ではないのが、現状でしょう。ふだん子どもたちが学習していることが、どんな脳内環境を作って行くのでしょうね?
「持続可能な社会」の実践のためのポイントは、持続可能な社会を創っていく教育でしょう。まさに自分が今クリエイトしようとしているアドベンチャー教育の領域です。

最近知ったアメリカの大学院に、持続可能な教育という名称をつけた博士課程が設置されていて、世界中どこにいても課程で学べるコースを持っています。ただし、難点は一学期なんと$8000も学費がかかるのです。図書館も使えず、キャンパスの芝生に寝っ転がることもできず、インターネットを通してのアドバイジングだけで?と驚いてしまいました。そのコンセプトだけを頂き、自学、独学をすれば良いでしょう。
もともと、Self-directed Designなので、自由と言えば自由です。学びたい人に学ぶことから何かが始まります。

世界中の子どもたちには、楽しさ、幸せ観、人の力、自己の力を信じてもらい、それぞれの地域・国で生きて欲しい!
サッカーボール一個で一緒に遊んだだけで、心が通うのだから。まだやれることがある。そんな、ボール一個でもキャッチボールでも、子どもたちと大人は一緒に過ごす時間さえ「ない」、ことすら忘れていないか。
そうしたら、、、いつ心を通わすのだろうか?

イヤー、このフォーラムの試み、面白くなる予感がします。
ゲストのみまさまの生きざまというか、遊び心、学びこころ、人との関わり、暖かさ、パワーに触れることができるのですね。楽しみです。
                     (2006.11.2 難波克己さん)


●難波さんに、2003年9月に行ったインタビュー
 →こちらから

投稿者 森川千鶴 : 00:15

2006年11月21日

ゲストインタビューその4・志賀誠治さん

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「子ども長期自然体験村ひろしま」のベースとなる、広島県中山間地、豊平町共盛地区にある旧酒森小学校。
(11/22発行メールマガジン 06-vol.11と同内容)

環境教育プログラムを人間科学という視点で数多く手掛け、幅広いネットワークをお持ちの志賀誠治さん。
広島を拠点に、中四国を中心にご活躍されています。

「子ども長期自然体験村ひろしま」は、夏の15日間にわたるキャンプ。ここで行われていることは、参加者やスタッフだけでなく、受けいれる地域や行政などさまざまな思いをつなぎ、すりあわせようとしている試みで、今年の夏8回目を迎えました。

私たちの探訪は、キャンプの実施中にはかないませんでしたが、広島にお訪ねした志賀さんのプロデューサー的なかかわりを大人のありかたとしてご紹介したいと、今回のフォーラムにお招きすることにしました。

 志賀さんの詳しいプロフィールは→こちらから

 

●コミュニティづくりのプロデュース

--志賀さんは、環境・福祉・健康などをテーマに年間200回もの研修やワークショップをおこなっておられます。また、数々の環境教育プログラムの企画・運営に携わっておられますね。

志賀 子どもパークレンジャーなど、行政の事業や企業の環境基金に関する協力依頼については、プログラムを立てて、ディレクターをアテンドし、プロジェクトを任せるようにしています。

今年8回目を迎えた「子ども長期自然体験村ひろしま(15日間キャンプ)」は、11年前の1996年に広島ホームテレビと協力して、豊平町共盛地区で「地球派塾」という自然学校を開校したことから今に至っていますが、当初コーディネーターとして関わり、現在は「地球派塾」の顧問です。


--プロデューサー的なかかわりも多くなっているのですね。ご経歴は?

志賀 高校生のときから興味を持っていた心理学・教育学を大学の教育学部で学びました。
大学3年のときに障害児のためのボランティアを経験したことなどから、養護学校の臨時職員で10ヶ月ほど働いたこともあります。卒業するときは、高校の歴史の教員に採用が決まっていたんですが、先輩から誘われて、(財)広島県環境保健協会(当時、(社)広島県地区衛生組織連合会)に入社し、1980年から15年間、衛生教育センターに勤務しました。この間にカウンセリングルームを開設したり、心身医学の視点で医療関係者や教育関係者を中心とした市民活動をネットワークしたり、環境保全活動などを手掛けました。


--プログラムデザインにとって、地域をどういうふうにとらえていますか?

志賀 ポテンシャルを分析する必要がありますね。特に中山間地域では、過疎高齢化が進んで住んでいる地域に自信が持てなくなっているケースが見られます。ですから、逆に地域の良いとこ探しというか、眠っている宝を発掘してそれを最大限に活用することで住んでいる人に自信がつくような視点が大事だと思います。


●人を育てるという視点

--「地球派塾」の運営にいたる経緯をお話しいただけますか?

志賀 広島ホームテレビという地方局が実施している地球派宣言キャンペーンのプランニングにかかわりました。このキャンペーンは地域発ということにこだわって環境に関するメッセージを発信していくものでした。そこで、県内にごく普通にある中山間地を舞台にして、そこに残っている循環型の生活スタイルを伝えていこうと自然学校をつくりました。都会から離れた中山間地での環境教育活動に取り組むことに決めた時、3年間で地元にノウハウを落とすことを考えました。4年目以降は、地元のカジカの会という地域活性化の会が運営の中心となっています。
子ども長期自然体験村ひろしま実行委員会という組織が、子どもゆめ基金の助成を受けて運営にあたっています。私は実行委員のひとりです。

キャンプ地になっている豊平町共盛地区旧酒森小学校は、昭和46年に廃校になった小学校で、ふだんは老人集会所として使われています。廃校になったときの卒業生が24人だったことから、24人の子どもが参加するキャンプ、というストーリーになりました。


--対象年齢やプログラムのポイントは?

志賀 小学4年から中3までが参加できるんですが、今年は120人の応募から抽選で選びました。誰でも参加できます。知的障害のある子どもが参加することもありますが、障害のある子どもだけを対象にしたり、不登校の子どもだけを対象にしたりにすることは考えていません。

「夏の分校2分の1ヶ月 じっくり暮らす、とことん遊ぶ」というコンセプトは、ディレクターを担った若いスタッフが考えたフレーズです。

広島大学教育学部の学生を中心としたボランティアが参加するんですが、来る学生にとっては子どもと関わる実習の場であるわけです。彼らは、子ども達にとって身近な成長モデルであり、キャンプを通して子どもたちはカウンセラーである学生にあこがれ、自分も将来キャンプカウンセラーをめざしたいと思うようになったりします。

キャンプの前半は、地域やスタッフとのかかわりで暮らしの基盤をしっかりつくる(じっくり暮らす)ことを大事にします。朝は早く起きて、グループにわかれ、農業をしに出かけて地域の生活や文化を学びます。午後は自然体験を中心に「とことん遊ぶ」という活動がメインになっています。

プログラムの中盤で、前半と後半の谷間に1泊2日で地域の家庭にホームステイをしてもらうことで、子どももスタッフもいったんフリーにするんです。スタッフには、フリーの2日目、ソロで自分のふりかえりを行ってもらい、それをスタッフ全員にフィードバックしてもらいます。
そして、夕方プログラムにもどるときには、自分の中でモチベーションを作っていくのです。

プログラムの裏では、分校会という生徒会が機能していきます。グループの中学生の中から役員を決めて後半5日間位のプログラムは分校会主導で企画立案して行きます。分校会には、予算も渡してしまいます。大人のスタッフは、前半は集団をある程度引っ張っていきますが、後半は役割が変わり、分校会が運営するキャンプの支援者という立場になります。

私たちの長期キャンプのキーワードは「自治」ということです。キャンプを通じて「自分の頭で考え、自分のことばで語り、自分の体で表現する力」を育てたいと思ってやっています。子どもが主体性をもって自らの意志で動くキャンプにするためには、子どもが試行錯誤しているときに、答えを与えるのではなく、答えを導き出すプロセスを支援するスタッフの力量が必要で、そのためのスタッフトレーニングが重要です。


--キャンプへの親のかかわりはどんな感じですか?

長期キャンプの効果を大学と一緒に調査したことがあります。その結果、家庭に戻った時にキャンプ後3ヶ月でキャンプ効果がほぼなくなっているという結果が出ました。そこで、「キャンプで子どもが変わっても家庭の中が変わっていないと駄目だ」ということになり、2年目から2〜3回プレキャンプというので保護者のキャンプを事前に行ってキャンプの意味や目的を保護者にしっかり体験して理解してもらうような取り組みをしましたが、とてもエネルギーがいります。現在は保護者のキャンプは行っていませんが、キャンプの主催者と保護者がキャンプの目的を共有しておく作業がとても大事だと思っています。


●人間科学としてのアプローチ

--人間科学研究所のベースとなるアプローチは?また、志賀さんが取り入れている「ボディトーク」について教えて下さい。

志賀 人間科学には、理科学的なものから哲学まで広い範囲が包括されるでしょう。私は、行動科学をベースにしています。

ボディトークというのは、心と体のつながりを体験するワークの一つで、体を使ったカウンセリングともいえると思います。20年くらい前に出会いました。心と体のつながりをテーマにしたワークは気功・太極拳・自律訓練法などいろいろありますが、より簡単に行えて、普通の人がわかりやすいと思います。

例えば。。。人の全身には心の地図があるんです。
例えば、便秘という症状のときは下行結腸が固くなっている。これは「あきらめ気味のがまん」がからだの症状となって現れたものです。
長期キャンプでも、1週間も経つと、便秘の子が続出する。それで、でるでる体操(ボディートーク)をやると、快調になる。こんな感じです。


--こころとからだをつなぐのが自然の中での活動であったりするのですね。

志賀 屋外での活動にとりくみ始めたのは、後になってからです。その文脈の一つはカウンセリングです。部屋の中でのカウンセリングでうまくいかないときも、外にでたらうまくいくことがあって、自然の力にかかわることの大きさを感じていました。

もう一つの文脈は、環境学習です。当時担当していた仕事の中で瀬戸内海の環境保全に関わって環境教育の効果を測定したことがあります。排水などの生態系への影響に関する環境学習プログラムなんですが、その学習効力としては、プログラム実施後、コミュニティの排水を検査すると改善がみられるけれども、1年後測定してみると、元にもどってしまうことがわかりました。

このことから、大脳新皮質で学んだことは、そぎおとされていく。人が内発的な部分で変わらないと何も変わらないのでは?と思い、そのためには自然の力を借りることがとても大切だと気づきました。いろいろ有効な事例を探して、キープ協会の取り組みを見つけました。

私たちの長期キャンプは、構成されたキャンプ活動です。明確なキャンプ目的があって、それを実現するために最初は13泊14日で取り組みました。しかし、実際にやってみるとその期間では足りない。そこで、翌年には17泊18日にしたりしたのですが、今度は間延びしてしまい効果が薄い。試行錯誤しながら、最終的に14泊15日という私たちのキャンプの形ができあがり、現状のキャンプとしてはほぼ完成型に近付いた気がしています。

(2006.10.17訪問 記録・編集 森川千鶴)


投稿者 森川千鶴 : 22:54

2006年11月16日

ゲストインタビューその3・吉野了嗣さん

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カルスト台地の平尾台。ひらおだい四季の丘小学校の子ども達は、月曜日にやってきて寄宿し、金曜日に家に帰る。
(11/16発行メールマガジン 06-vol.10と同内容)

7月。探訪先を検討していたスタッフに、「きのくに子どもの村学園をモデルにした学校が北九州にもできた」という情報が届きました。今回のフォーラムの参加者からの情報でした。

それに先んじて訪問を決定していた和歌山の「きのくにこどもの村学園」は、「自己決定を重視する」「個性を尊重する」「体験と仕事を学習の中心にすえる」という三原則を統合した活動「プロジェクト」を最大の特徴とする「自由な子ども」という新しい理念を掲げた学校。画一的な学校教育を変えたい、と学校法人として展開しています。

 きのくに子どもの村学園の探訪レポートは→こちらから

吉野了嗣さんは、この学園のあり方に感銘をうけたことから、北九州にこの春新しく小学校をスタートさせました。

NPO法人ひらおだい自然塾を母体に、「九州自然学園」という学校法人を立ち上げた実質の代表者である吉野さんに、北九州という場所でどんな思いと経緯で学校を創るに至ったのかを伺うため、開校したばかりのひらおだい四季の丘小学校を訪れました。

 吉野さんの詳しいプロフィールは→こちらから

 

●すべての学びは生活体験の中から

--ご自分で学校を創ることを考えたきっかけは何ですか?

吉野 生まれは東京ですが、都会でやりたいことは、やり尽くした感がありました(笑)。
妻の実家のある福岡に移って、当初不登校の若者たちのためのフリースクールを立ち上げていました。
彼らと接するうちに、子どもの居場所が問題なのではなく、これは教育の問題だと強く感じました。
生きる力を持つ、考える子ども。そんなふうに育てられてきていないのです。彼らに必要なものは何か?を探しているときに、きのくにこどもの村学園のことを知りました。学園に足を運んでみて、これが自分のめざす教育のあり方だと思いました。

1997年、自然体験教育を実践するために、ひらおだい自然塾(02年にはNPOとして認証)を設立し、そこでの活動に8年間携わる中、すべての学びは生活体験の中から、と確信しました。

--なぜ平尾台という場所を選んだのですか?

吉野 平尾台は、標高数百メートルのカルスト台地。多数の鍾乳洞があるんですが、牝鹿洞は、うちの学校法人グループが管理を行っていて、子供達の教育活動に活用することもあります。
ここは実に便利な田舎です。国道から山道を上ってくる時間を入れても、市街地から車で40分ほど。空港はもっと近いです。
地域住民は100人ほどのこの地区には、もう就学してくる子どもがいません。学校は地域の中心でもありますが、子どもが居ないと学校を残すことはできません。
地域に学校を残す、という意義に加えて、北九州市が、04年12月の「自立と共生の教育特区」として認可されたことも設立の追い風になり、市立新道寺小学校平尾分校を校舎として使用することができるようになりました。
特区では、指導要領で、教科学習のシフトが可能になりました。ユースフルワークを教科としてみなすことができるようになり、生活そのものが学習という考え方が受け入れられています。

きのくにの堀さんに学んで、ここにあるからこの学校の存在価値がある、と思えるようになりました。
自然に学ぶ。山や大地が教科書です。


●「なりたい」と思う気持ちを育てる

--現状の教育のあり方に危惧があった。。。?

吉野 人との関係が、経済効率がいいか悪いかだけではかられるようなご時勢への危惧があります。
学校は勉強を教える場だけではないと思っています。また、教育とは、人と人とのかかわりのなかで社会性をつちかっていくことを学ぶものだと思っています。

フリースクールを経てきた経験から、自分は「できない」と思わされてきた子どもたちをたくさんみました。でも彼らに、自分の意欲や好奇心から、「なりたい」と思う気持ちを育てることはできる、と思っています。ただ、子どもの好奇心を育てるには、時間も手間もかかる。記憶に残るのは、授業の風景ではなく、体験ですからね。

国が検討しているというバウチャー制度には、期待しています。選択肢を広げるような考え方だと思っている。いろんなやりかたがあって、公立だからできないわけじゃないと思いたい。私が見聞きしているだけでも、長野県の伊那小学校、愛知県の小川小学校、千葉県の我孫子小学校など、すばらしいとりくみをしている公立学校はたくさんありますし。

ひらおだいの学習システムは、きのくにを踏襲しているのですが、当初、指導要領に抵触すると行政の抵抗に遭いました。自分で学校を創ろうと思った時には、制度をよく知らなかったんです。その後、国の特区制度が追い風になりました。

--開校にいたるまで、8年かかったのですね。

吉野 いや、よく8年でできたと思っています。
最初は、ひらおだい自然塾をはじめたところから。不登校の高校生を畑仕事や山登りに連れて行っていたのが、自分の中で進化していったんですね。
ニーズがあって週末の体験活動として現在も続けているひらおだい自然塾には、土日毎に来る子どももいますが、月1回固定メンバーでのプログラムを行っています。
地域の人に借り受けることができた牛舎がベースキャンプ。ここが使えるようになったことで、活動が広がって行きました。長期の休みのときのキャンプも、4泊5日から始まって、1週間、2週間と広がりましたが、試行錯誤を経て、一昨年に10泊11日に落ちついたところです。


●共感できる大人たちのつながり

--この学校の規模や特色を教えて下さい。

吉野 開校した今年は、生徒は11人です。うち9人がひらおだい自然塾出身で、今後60人まで受け入れる予定です。
60人というのは、コミュニティの適正規模で、教員から顔が見える人数でしょう。
現在は、ひらおだい自然塾のスタッフときのくにから先生を派遣していただいています。

自己決定のできる子どもは、自己中心というのとは、全くちがいます。その子どもの中でできることがあるのを自分でわかっているということです。
基地づくり、畑づくり。みんな子どもたちが、かかわりの中から考えて行っています。

ここでは、体験に基づいた学びがあるから、学力のバックグラウンドが違うんです。例えば、材木の切り方から学ぶ経験があるから、子どもたちにとっては、数字にも人格があるのです。

親御さんたちとは、意識と危機感を共有していますね。仲間であり、同志のようなかかわりだと思っています。

--これから取り組んでいきたいことは?

現状の学校を見直す、という作業は必要だと思います。
学校を作るのにはさまざまなかたちがありますよね。発起人は教育者でなくてもいいと思うんですが、株式会社がつくったり、なんでもいいとは思わない。

これから、2年後には中学校を作ることを考えているんです。それから、学校経営としても、ちゃんと成り立たせていきたいと考えています。

 (2006.10.17訪問 記録・編集:森川千鶴)

投稿者 yoshizawa : 00:52

2006年11月12日

ゲストインタビューその2・中川一男さん

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ゆたかな自然に囲まれる、山あいの美川小学校区の学童保育所。
(11/12発行メールマガジン 06-vol.9と同内容)

島根で、子どもたちの支援活動に熱心に取り組んでいる人がいる。
ぜひ、会って来られるといいですよ、という地元の方の推薦をいただいて、子どもフォーラムスタッフは、NPO法人りべろの代表、中川一男さんをお訪ねしました。

好天の中、中川さんたちが活動している地域のあちこちの自然豊かなフィールドをご案内いただきながら、お話を伺いました。
子どもの体験活動には、行政や学校などさまざまな運営主体がそれぞれに取り組んでいますが、ここでの活動に、個人の思いから始まってがゼロからかたちを産んでいった軌跡をみることができました。
中川さんには、ゲストのお一人としておいでいただき、ご自身の言葉で活動の経緯やその思いをお伝えいただきます。

 詳しいプロフィールは→こちらから
 

 

●地域に根ざした体験活動

浜田市の市街地で、学校に行かない生活を選んだ子どもたちのための家以外の居場所として、フリースクールやグループホームを運営しています。
また、「週末遊び塾」という自然体験活動や民間学童保育の運営を通じて、子どもの支援活動を行う他、行政の委託事業で学童保育所を運営したりしています。

浜田市から委託を受けている美川小学校では、3年生までの30人を3人の指導員で対応しています。
こんな山村地域でも、子どもの時間の使い方や遊び方が変わってきていて、豊かな自然が身近にあるからといって、外で遊ばなくなっているんです。ゲームで遊ぶ子も多いし、多くの子どもがいろんな習いごとに通っているようですね。

自然体験活動は毎週末。市内の子どもたちとも山に、川に出かけています。
この川には、あそこに淵がありますね。いろんな生き物がいるんですよ。よく飛び込んで遊んでいますよ。子どもが怖がる?あ、大人の方が先に飛び込んでますから(笑)。

この道路脇には山からのわき水が出てるんですよ。ここを通る時は、必ず立ち寄ります。冷たくておいしいでしょう?

毎夏、子どもたちと20キロを歩く、という活動をやるんですが、ただ歩きたくて来る子もいる。着いたら、風呂に入ってアイスをたべるだけなんですけどね。。。
歩く道々の人がお茶を出してくれたり、快くトイレを貸してくれるのがうれしいんです。

●人々とのつながりを掘り起こす

浜田市内のお茶園のご主人が、私たちの活動を支援してくださっています。
茶畑に五右衛門風呂を置いたり、子どもの遊び道具を作るのが大変得意な方です。こちらから協力をお願いしたのがきっかけでしたが、最近では、「座禅を組もう」など自らアイデアを出してくれます。座禅は、「きっとあいつら嫌がるだろうから、絶対やらしたろう」と、わくわくしながら関わってくれています。

こんにゃくいもがとれるんですよ。五のつく日には、この道路沿いに市が立つんですが、そこに市に出すだけのこんにゃくを作っているおばあちゃんがいる。その人に、こんにゃくのつくり方を教えてほしい、とお願いしたり。

私たちは旧弥栄村のあちこちに遊び場にしているんですが、ここはどぶろく特区で協力団体の会員には、旅館をやっていてどぶろくをつくっていたり、四千枚の棚田を整備して、そこを使って酒米をつくったりしている人がいます。

クワガタの養殖や鷹匠、アイガモ農法をやっている人、野放しの養鶏をしている人など、地域には個人個人ですごい人たちがいるし、一芸を持った人がほんとうにたくさんいる。いろんな活動をしているグループもある。そこに自分で足を運んで話をして、基本的な考え方が同じであれば、活動を連携していけるようにしてきました。

●地域の資源を活かして〜大人も夢見る場

杵束小学校は2年前に廃校になった小学校ですが、ここなら雨の日でも活動できるし、たき火ができる。キャンプ場やツリーハウスもできるなあ、と考えているところです。
校舎は、ものづくりなどの文化的活動ができそうです。近隣に機織りや染め物の名人がいるんで、指導をお願いしようとしています。
和太鼓の練習場や音楽スタジオにも活用できますね。たたみの部屋は合宿ができる。。。

これらの活動は、大人が夢を見れる場所にもなります。というか、大人の遊び場に、子どもが一緒に入っている感じになっている。教育的にやろう、とか「子どものため」じゃなくて、本気で遊んでいる大人を見せるだけで、十分なんじゃないか、と思うんです。

ここでの活動に助成を受けることが決まって、パン焼き釜や炭焼き釜を入れる予定で、廃校の活用は、来年から本格的にやっていきます。

地域は食べ物も豊かですよ。自生するすもも、やまもも、くり、あけび、じねんじょ、いろんなものがとれます。果実はとてもおいしくてよく食べているんですが、これはお金はかかりませんよねぇ。採れたものを使って、アイスをつくってくれる人もいます。

●古民家での長期キャンプ

三隅町のこの古民家は、地元の人に借り受けています。この辺りには、たぬきやきつね、いたち、いのししが出ますよ。ここでは以前15才以上の人たちの自立支援のためのグループホームをやっていましたが、近くに働く場所が必要だと考えて、拠点は市内へ移しました。彼らは今、市内にアパートを借りて働きはじめています。

今は、この家は主に自然体験活動の拠点として使っています。

ここをベースキャンプにした29泊30日の長期キャンプには、ネットと口コミで人が集まっています。半分は広島からの参加ですが、遠くは千葉や熊本から来た例もあります。
参加する子どもは、リピーターが7割。長期キャンプは6年目ですが、6年ずっと来ている子もいる。15人定員を考えていますが、20人になることもあります。5人に対して1人の大人が配置できるようにしています。
参加する子どもの男女比は半々ですね。小学生から中学生まで。夏の間は、高校生や大学生のボランティアも来ています。

キャンプの間は、自分たちでごはんをつくってもらいます。途中で参加者の入れ代わりもあるので、メニューはだいたい前日に決めるんですが、当番3人が冷蔵庫の中をみて、あるものでつくる。自分がやるから大変なのをわかっているから、文句は出ません。
カレー、ハヤシ、丼物、てんぷら、コロッケ、ギョーザなどなど、子どもらは結構いろんなものをつくれるんですよ。

山を公園にしているグループや木工、紙すき、自然体験活動をしているグループなど、いろんなグループと連携してプログラムを行うことがあります。釣ったブラックバスはチクワにしてやる!などラディカルなことを考える面白い人たちもいるんですよ。。。

ここは海の遊び場で、長期キャンプの間、子どもたちに一番人気の場所です。キャンプには、みんな泳げる子が来ていますね。

この防波堤には、浅瀬もあって小さい子でも遊べます。
海に飛び込んで遊ぶのですが、いろんな高さの防波堤があるので、自分のレベルに応じて飛び込むことができるんです。飛び込みは、ひとつの通過儀礼でしょうか。子どもたちの間では、難易度の高い飛び込みができると、一目置かれるようです。子どもたち同士で生まれる、このタテの関係を重視しています。

海での活動は、ボランティアの大学生が夢中になって日焼けして大変な目にあったことも。日焼けも通過儀礼ですね。

●子どもにとってどうありたいか

長期キャンプの活動のプログラムは私が作っています。今日はこんなことができる、という1日1つのことを提案していますが、その日やることをみんなで決めてもらいます。やりたくなければ、みんなと同じことをやらなくてもいいし、くり返し同じことをやってもいい、ということにしています。普通の遊びをたんたんとやって一日を過ごす。

大人はその時、見ている。そして現実的な判断をするようにしています。例えば、やりたい気持ちはわかるよ、でもそれをやるのは予算的にムリなんだ、など率直に伝えます。
基本的なことですが、どの活動も子ども達だけで遊ぶことを前提に、けれど決して目を離すことがないように、人を配置しています。

学生時代、教育学を専攻していましたが、大事なことは現場で学んできました。
児童養護施設指導員をしていたことがありますが、施設でできる仕事には限界を感じていました。
その後、子どもを支援するグループを作って、勉強が苦手でわからなくなっている子どもたちのための塾や、自立支援のための活動を行ってきて、一昨年、NPO法人化しました。いろんな経験をしてきましたが、自分のやりたいことだけが残った今です。

NPOの活動には、5人の有給スタッフがいますが、自分自身の収入はまだまだです。
それから、長期キャンプなど、都会から来る子どもを受け入れることが多いですが、これからもっと地元の子どもたちのためになる活動にしていきたいです。
この活動を余暇の活動にすまい、空き時間の趣味でやる善意にはしない、と決意しています。

(2006.10.3訪問  記録・編集 森川千鶴)

投稿者 yoshizawa : 01:39

2006年11月08日

関西探訪・大阪座談会記録(前編)

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会場となったオーガニックレストラン。緊張を緩めることのできる場でありたい、とオーナーの槙野さん。
(11/9発行メールマガジンメールマガジン 06-vol.8と同内容)

全国フォーラムにいたるプロセスもフォーラムの一環にしようと、スタッフは、探訪先で活動を紹介していただくだけでなく、さまざまな方たちにじっくりお話を伺う機会を持ちました。

大阪では「子どもとワークショップ〜子どもにどんな思いでかかわっていますか?」をテーマに、座談会をおこないました。
→レポートブログ

2004年のフォーラム(赤城山)で、ゲストのお一人として松原高校教諭の檜本直之さんにおいでいただきました。
今回「子どもとワークショップ」というテーマを考えた時、松原高校でのとりくみが頭に浮かび、改めて子どもフォーラムスタッフで檜本さんをお訪ねしたいと考えました。
「ワークショップ」が瞬間の技法ではなく、在学中の日常を通してデザインされていることで、ひとりひとりの存在が大切にされ、その環境から子どもたちが学びとっていくものの深さ、確かさを、このテーマにおいても注目したいと考えたからです。
ところが、探訪のタイミングはあいにく考査期間中。現場へ伺うことはかないませんでしたが、檜本さんとかかわりの深いみなさんも一堂に会して、座談会的な輪を持つことができました。

会場をライブも可能なレストランに設定したため、お招きしたみなさんの旧知の大勢の方々が集まってくださっての輪になりました。

  <お招きした方々(あいうえお順)>

  ・円満堂修治さん(Office Enmando 写真家)  
  ・川口隆志さん(大阪府高槻市立富田青少年交流センター 社会教育主事)
  ・檜本直之さん(大阪府立松原高校 教諭)
  ・松木正さん (マザーアースエデュケーション 主宰)
 
  →みなさんのプロフィール

   本文は、続きを読む、でご覧下さい。

 

●ワークショップの可能性

--(森川)はじめまして。今年11月に行うワークショップフォーラムは、子どもたちに関わる大人たちに向けたものです。
島根を会場に選んだことで、西日本で行われている「ワークショップ」や「子どもへの取り組み」を知りたいと思い、スタッフで探訪をはじめました。
今回の関西がその第1弾となります。
現場を訪ね歩きながら、なぜ、誰のための「ワークショップ」なのかを考えています。
「現場の根っこに流れているものは何だろう?」を探していたら、今日は縁あってこうした場を持つことができました。
お互いの自己紹介をしましょうか。私は東京の多摩ニュータウンに住んでいます。
コミュニケーションが希薄だといわれる街で、自分にできることで地域の人たちと関わっていこうと、いろいろ試みています。

檜本 非常に懐かしいメンバーのつどいで楽しみです。

松木 4年生と中学1年生の子どもがいます(笑)。神戸市北区に住んでます。

川口 高槻の富田青少年交流センターは、同和地区にある青少年施設で、子どもたちを中心に活動を行っています。
私には、中1の娘と、小学4の息子がおり、この地域に住んでいます。自分の子どもたちも職場に来ていて、自分のしたい教育が出来る恵まれた環境で働いています。

円満堂 この4人の中では異質な存在です。サラリーマン(ライスワーク)をしながら、趣味の時間を使って子どもたちになどに対して写真を通した環境教育(ライフワーク)に関わっています。

--(小野)環境教育の仕事をしていましたが、子どもを田舎で育てたいなあと思い、今は田舎暮らしをしています。
都会にいるときは自然の豊かさに憧れていましたが、今は豊かな人間関係に惹かれます。子どもへの暴力防止(CAP)活動をしています。


--(森川)ワークショップというのは、ポピュラーですか?
    (〜会場に)みなさんの周りでは定着していますか?

(会場)ワークショップはわかるけど、定着しているとは思わない。

--(森川)ではワークショップにできること、できないことについて、どう考えますか?

川口 ワークショップには、無限大の可能性があると思います。効果的かどうかは、評価の仕方によっても変わってくる。

檜本 求めるものによって、可能性の有る無しが決まってくるでしょう。
その場所(ワークショップ)は非日常の空間だから所詮非日常。日常とは違う。
そこで起こった体験を、仕掛けた人がどうとらえるかでワークショップの評価は、変わってくるから、まず共通言語を作っていくのが大切ではないでしょうか?

円満堂 ここにいる人たちと、ワークショップを通じて知り合い、世界が広がりました。
一つのコミュニティー(会社)での生活が基本だったら、狭いままかもしれないけれど。今日のようにいろんな人が集まることで、人とのつながりを生む可能性がありますよね。
つながりは多ければ多いほどいいと思います。

松木 みんなとだいたいいっしょ(笑)。困難、無理ですっていうのには出会ったことがないですね。極端な話「夫婦生活」だってそうですよね。向き合って共に生活するのもワークショップだし、時々うまくいかなかったり、ケンカしたりしたときに、お互いの気持ちを伝えあい、よりよい関係を築き上げていくという意味で、幸福づくりのワークショップですよねぇ。

--(森川)この質問の背景には、技法や言葉が先行することへの危惧があるのです。
あるとき、「アイスブレイク」がなかったから「その場に打ち解けられなかった」という学生がいました。あいさつや自己紹介は「アイスブレイク」とは受け取れなかったのだな、と思いました。
受けとめた体験を大人は一般化できるかもしれないけれど、子どもはありのままを素直に受けとめてしまうことを、子どもにかかわる大人が本当にわかってやっているだろうか、と気にかかるときがあります。


●子どもの心に「熾き(おき)」をつくる

--(小野) 子どもとかかわる時に大切にしていること、心がけていること、
      大切にしている言葉を教えていただけますか?

(会場から)「子どもの学びや経験を阻害しない」
      「間違っていても自己選択を尊重する」
      「人として対等という関係が大切」
      「子ども扱いしない」

--(小野) 「本気で向かい合う」

--(森川) 「見守る」

円満堂 「子どものアングル」。
    写真を撮るとき、子どもの見方を大切にしたい。

川口 「ありがとう」ですね。
   子どもと接するときに、つい指示が多くなってしまう。
   子どもを一人の人間として向き合い、人として認めてあげたい。

松木 「本気(ほんまもん)のおっちゃん、ありのままの自分自身、レスポンス」。
お互いのレスポンスが大切。人は人からのレスポンスを受けとりながら自己認識するし、レスポンスによって関係性が変わっていく。

檜本 「自分>仕事、待つ」。役割を意識しているけれど、感じている自分を大事にしたい。それから、見る、聞く、より、待つことを大事にしたい。

松木 子ども扱いしないってどういうこと?というのは、〜しない、という考えでは、問題が解決しにくいと思うから。どうしたいのか、という肯定的・能動的な考えに置き換えると?

(会場)子どもの心の中にあるものが、実はすべて外には出てきてないのではないではないか。表面に出てきているものだけを見て、そのメッセージを受けとめきれていないかもしれない。そう感じているからこそ、きっちりと子どもと向き合いたいと思うのです。

--(森川)娘が4年生のとき、夕食の食卓で、「総合学習の時間、耳の聞こえない人に、『好きなことは何ですか?』とかいろいろインタビューした」という話題になりました。授業の終わりに感想文を書いたということでしたが、話を聴いていくうちに、子どもが、「なんか、私すごく感動してたみたい」といいながら、急に涙をこぼした。心からわき上がる何かがあふれたような涙でした。それを見て、子どもが非常に深いところで感じているということに気がついた。
子ども自身がふりかえる場面がある。子どもの体験の深さがいつか出てくる、そんなことを大切に見守りたいと思います。

松木 子どもの体験は、薪を燃やしているようなものですよね。そのひとつの体験は、実は心の中に「熾き(おき)」をつくっているのだと思う。
「熾き」は、非常に熱く何かの拍子に薪をくべてやると、ぼっと燃え上がるものです。さまざまな体験からどれだけ「熾き」をつくるのかがポイントで、燻っているだけにしておいてほしくない。ボッと熱く燃えてほしい。どう燃やすか(タイミング良く手を入れたり、空気の通りをよくしたり)が、ファシリテーターの資質ではないでしょうか。
また、大人はどうしても目の前で見えること(現状)で評価しますが、子どもの成長を点で見るのでなく、変化の中で見てほしいですね。
  

●おとなのありよう

松木 ところで、松原高校ってどんな学校?(と会場にいた松原高校出身者へ質問)

(出身者A) 松高があったから、今がある。夢があってそれが出来たのは、自分を認めてくれる先生のひと声があったからです。見守ってくれる大人がいた。
こっちが思いを持っていることを受けとめて理解してもらったことがよかったです。
中学生の同級生に「めっちゃ変わったなぁ」とびっくりされたけど、私自身松原高校に来て変わったと思う。

(出身者B) 松高は暖かかった。いろんな人との出会いがあり、そこで自分自身が大きく変わった。大学に入って違う環境になってつらいときもあるけど、松高の経験が乗り越えていこう、という気持ちにさせてくれています。

檜本 この2人は普通の高校生でしたよ。今日来ている2人の高校生活での過ごした時間は、時間的なものではなく、密度の濃さが違いました。周りの空気(同級生・先生など)が共感できる場が松原高校にはあったからです。
とはいえ、いろんなチャンスがあっても、自分の自尊感情が低くて、高校生活の中で2人のようになれなかった生徒もいます。
それは、たぶん、本来あるべきはずのところに、「熾き」がない子どもたちなんでしょう。もっと前の段階、高校以前からの「熾き」をつくるための経験が必要なんだろうと思います。

--(森川) 大人の声のかけ方一つで体験の受けとめ方が違ってくることをよく思います。他人と比較されてダメだといわれたら、子どもは自信を失いますよね。
   
(会場)専門家である教師がちゃんと関われない現状があるのに、子どもとの関わりについてこんなに一生懸命話をしている人たちがいるのに驚きました。
なんとかしようと取り組んでいますが、なかなか成果が上がりませんし、実際多くの苦情が教育の現場に向けられます。先生の力量をどうあげるか。その仕掛けをどうするかが私の課題です。


     (前編終わり/→後編につづく


           (2006.9.27(水) 於:南風楽天〜大阪府高槻市)
                インタビュアー:森川千鶴・小野三津子
                記録:青田真樹  編集:森川千鶴

投稿者 森川千鶴 : 23:00

関西探訪・大阪座談会記録(後編)

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お招きしたみなさんとなじみ深い方々が、方々から駆けつけてくれた。
大阪での座談会記録の後編です。

→前編では、
 ●ワークショップの可能性
 ●子どもの心に「熾き(おき)」をつくる
 ●おとなのありよう
について、言葉を交わしたもようをお伝えしました。

後編では、
 ●おとなも子どもも安心してかかわれるということ
 ● おとなどうしのつながり
 ●非日常から日常へ
 ●広がる「家族」
について話が深まっていきました。

 本文は、続きを読む、でご覧ください。

 

●おとなも子どもも安心してかかわれるということ

--(森川) 先生自身が学ぶ場ってあるんでしょうか?
--(小野) センスを磨くには、どうすればいいんでしょうか?

松木 大人も子どもと同じように、正しいことばかりではなく、間違えることがあります。間違ったときに、事や人とどう向き合うかが大切です。トライ&エラーを自分の成長のプロセスの中で大切に扱うことが必要です。
センスを磨くというのは、表面には見えてこないよどみに沈んでいる本当の問題を発見する作業を、関係する人たちが顔を突き合わせてていねいにやっていくことで磨かれていきます。
そこでは、さまざまな「もの」の見方が学べるからです。そんな場(ワークショップ)を作ることが大切です。

--(森川) よどみに沈んでいるものとは、何でしょうか?

松木 子どもとの関わりから見えるものは、安心してあるがままの自分の存在が肯定される場が少ないこと。だから、自分の本来もっている力を発揮できないでいるのです。
そこで、ファシリテーションが大切ではないかと考えます。私たち大人が教えるのではなく、子どもどうしがかかわりを通して学ぶことのほうがすごい力を出せるし、本当の意味で学んでいる。子どもどうしの遊びの「体験」を「学び」にしていける場をつくっていきたい。

円満堂 小学校で「森の美術館」という活動を行っています。
長田の御蔵小学校(震災の一番被害の大きかった地区)は、阪神大震災後、まちなみは大きく変わり、新しく開発されたことで身近に自然を感じにくい場所です。そこで写真を撮って物語をつくるワークショップを行いました。
子どもたちは、普段気がつかない自然をみつけたり、すばらしい物語を作ったりしました。
しかし、「物語をつくる」この活動は、大人には理解されにくいものでした。
それはなぜか?物語には、一定の基準がなく評価が出来ないものだからです。でも、実はその評価できないものこそ子どもの本質的なところです。そことどう向き合えるのかが大切なんです。
私は、その活動の半年後、地域の行事に呼ばれていったら、金の折り紙で作った手作りのバッジをもらいました(その場で会場に見せていただきました)。このバッジが子どもとのつながりの証明です。
短い時間でした子どもとの関係は作られたのです。

松木 安心感って大切ですよね。共有感。それは、ワークショップだけではなく、授業でも同じ。ワークショップの体験から得たことは非日常のものではない。日常とつながっていけるんです。ただ非日常のこととして終わらさないことを意識しなくては。。。

(会場) 松木さんと学校へ出向いてワークショップをするときに、まず、今のクラスの状況について親指を使ったチェック方法で聞いてみることがあります。
大半の生徒が下向きのサイン。周りのようすを伺いながらクラスの中でどう見られているかを気にする子どもも多い。自分で示せない子もかなり多いです。
しかし、活動を通してちょっとずつ受け入れられたこと、葛藤し、心の冒険をクラスメートと共に経験したことで、クラスの安心が生まれ、終わる頃には指が上向きになります。この状態になってはじめてクラスとしてやっと学べる状態になったといえます。
学校の場があったかくて安心できること、自己肯定感を持てること、が大切だと仕事をしながら感じています。

(会場) 先生の子どもへの関わり方を身につけてもらうために、「学び方」を学ぶための取り組みとして、「学校外の人が提供する学びの場に直接見て体験する」ことを行っています。
去年、松木さんと子どもたちに体験的な学びの場を与え、その成果を測定してみました。すると、結果がクラスによって違うことがわかりました。その差はなにか。
活動後、担任の先生がクラスにどうかかわったかの違いでした。体験のあとも体験で得た学びを続けたクラスの値は上がっています。
確実に成果のある体験は、日常でも継続できたら子どもたちは変わる。
先生は、目の前で見せられて初めて動くことができる。知識はあっても行動に現すことは難しい。だからこそ、知識と体験をうまくつなぎ合わす場づくりが大切です。
体験しっぱなしではなく、きっちり現場で生かしてほしいと思います。
今年度は、マザーアース・エデュケーションの人たちに、ワークショップ後、日常の授業の中に入ってもらって、継続的に「学びの場」をつくることに力をかしていただいています。

(会場) 学校の先生とつきあってきて、先生自身が安心安全を感じる場が少ないことを感じます。だから家庭訪問・学級懇談会ワークショップなどの取り組みを行い、失敗しても大丈夫な場所を作って、少しずつ先生の自信を取り戻す活動を行っています。


● おとなどうしのつながり

--(森川) 親が、家庭教育をワークショップへのアウトソウシーングにゆだねてしまっているのではないか?とさえ思える例もあります。それも日常につながらない原因の一つかもしれません。

川口 一番子どもに近い大人は「親」。その親が、子どものとって望ましいかかわりを持てない例もよく見ます。生活のありようが子どもから現れます。そういうときは、子どもに対して行う非日常の体験を提供することに限界性を感じます。でも、そこであきらめてはダメ。
「熾き」の話のように、来た子どもたちにできるだけいろんな経験をしてもらい、自分の思いをしっかり伝えることができ、子どもたちが安心できる場になってほしいと思っています。
そして、子どもだけではなく親にも来てほしい。だからそんな仕掛けをしています。
「リトル ウルフ キャンプ」という取り組みは、自分を肯定的に見られない子どもたちの力を引き出したい、自分自身が大切な存在であるということを知ってほしい、負の自己表現を暴力ではない形で解消する方法を知ってほしい、と思っておこなっています。
この経験は、子どもたちの中で大きな体験になり、中学生になったときに、「またキャンプにかかわりたい」と戻ってきてくれる。
この子どもたちの心の中に生まれた「熾き」や私たちのメッセージを家庭の中でも受け取ってほしい。その思いから、参加者の家族を交えた説明会を始めました。
始めて2年目から家族とともに分かち合う場をつくり、そこで、親が不安に思うことを解消しています。分かち合うと同時に、日常に返す仕組みづくりをしています。


●非日常から日常へ

松木 小学生を対象にしたキャンプに参加する子どもたちが中学生になってからもスタッフとしてかかわる機会を提供できるようにしています。トレーニングへの参加と、1年目は表舞台に出ないで、裏方としてキャンプを支える役割を経験させ、また私たちもその間、彼らには大人にかかわるように接します。そのことがひとつの通過儀礼になるんです。
トレーニングを積んで子どもたちに関わる中学生の姿が、参加する子どもたちのロールモデルになり、憧れの対象になっているようです。このつながりに、大人も巻き込まれています。
こうしてワークショップが日常につながっています。

(会場) 皆さんの話を聞きながら「子どものことを考えているようで、やっぱり大人のことを考えているんだなぁ」と感じました。
僕は、通信制高校のサポート役で講師をしていますが、そこにいる子どもたちの表情が非常に寂しそうに見えるときがあります。
「それでいい」「今、ここの幸せ」を感じさせてもらえない子どもたちが多いように思います。
子どもたちに約束をやぶられることも多く、悩むことも多いですが、そんなときに、「99回裏切られても、次の1回を信じる。そこでしっかりと対応することが大切だ」と教えられたことがあり、なるほどと思いそのスタンスでかかわっています。
僕がかかわる保護者会では、ワークショップ形式のものをおこなっています。
というのも、保護者に笑っていてほしい。元気な大人でいてほしい。それは、子どもを家に笑って迎え入れてほしいと思うから。
センスとレスポンスって何かという話が出ていましたが、僕自身は五感じゃないかなぁ、と思っています。五感で感じたものを言葉でしっかりと返すことから、人は見守ってもらっているというメッセージを受けとめることができる。
それと第六感も大切。まあ間違えることもありますが。
最後に、横とのつながりの関係性が大切(家族、同僚、地域)だと思います。


●広がる「家族」

檜本 関係の切り結びが出来ない子どもたちが非常に多いけれども、「自分で生きていくということ」を自分自身が引き受けていく年齢が高校生です。高校という場所は、あったかくてもいいけれど、そこで、一人が生きていくという覚悟を教える。そのために失敗してもいい、安心感をもてる場にしたい、と今日は再認識出来ました。

松木 「ホーム」がキーワード。家族だけではない、自分のよりどころが大切です。
ワークショップに参加したすべての人は、「拡大家族」だと思ってしっかりつきあっていこうと覚悟しています。一回かかわった人たちとは、とことんかかわっていきたいと思っています。
ここにずらっと並んだパネラーのおじさんたち全員の家族と、私は日常でもかかわっています。これもワークショップから生まれた「拡大家族」なんですよね。
ワークショップは一つのきっかけです。そこから、広がっていく関係性がすばらしいと感じています。

川口 少し前にはなかった閉塞感が、今社会に広がっています。
そんな世の中で、自分がほっとできる場所あったら非常に楽ですよね。それは、自分の仕事であったり、さまざまな関係であったり。それが大切だと思います。
自分のセンターが地域にとっての「ホーム」になればいい。そこで手助けできる大人になってほしいし、いろんなひとがつながってくれる、社会につながる。
それによって、子どもや大人が楽になればいいなぁ。

円満堂 自分自身が住んでいる会社という世界は狭いです。その世界で働きながら、もう一つの世界で何かすることは、精神力と気力がないと出来ません。
でも、これからも、写真を通じて自分の感動を子どもに伝えたいです。
子どもたちはきっかけを待っています。それがあると子どもは変化すると知っています。
本来なら非常に狭い世界のはずだけれども、ワークショップを通じて世界は広がりました。だからしんどいとはいってられない。精一杯やっていきたいです。

--(小野) 拡大家族っていいなぁ。自分もその環境になり、みんなもつながっていく。だから自分もつくっていきたいなぁ。

--(森川)おいでいただいたみなさま。今日は、長時間にわたってお話を聞かせていただいて、ほんとうにありがとうございました。
ここで生まれた言葉たちを、島根のフォーラムにつないでいきます。

     (後編/おわり)

            (2006.9.27(水) 於:南風楽天〜大阪府高槻市)
                 インタビュアー:森川千鶴・小野三津子
                 記録:青田真樹  編集:森川千鶴

投稿者 森川千鶴 : 22:00

2006年11月04日

ゲストインタビューその1・笠原広一さん

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(11/4発行メールマガジンメールマガジン 06-vol.7と同内容)

京都市、東山三十六峰のひとつ瓜生山にある京都造形芸術大学内にある「こども芸術大学」。子どもワークショップフォーラムの探訪の皮切りに、スタッフ一同でお訪ねしました。
ここで交わした言葉やキーワードは、以降の探訪につながっていきました。

  施設を訪問したときの様子は、ブログでも紹介しています。
  →探訪・その1/京都造形芸術大学「こども芸術大学」

「こども芸術大学」とは、芸術の大学が子どもたちに何かしてあげられないだろうか、と子どもと母親のための教育機関として、3歳から就学前の幼児を対象にした、母親も参加して学ぶことができる通学型の幼児教育施設。

「霊山子どもの村 遊びと学びのミュージアム」に勤務当時、ニューヨークの同時多発テロを目の当たりにした笠原さんは「アートで子どもたちになにができるだろう?」と考え続けたといいます。
 こども芸術大学の立ち上げから運営の中心となってこられた笠原さんご自身のこれまでの活動や、今始まっていることをぜひ直接お伝えいただきたいと考え、今回のゲストとしてお迎えすることになりました。
 
 詳しいプロフィールは→こちらから

 

 ●親も共に学ぶ場であること 

笠原 子ども芸術大学に来ると、「(知育玩具など)何もないんですね」と言って失望する人と、反対に何かできそうと期待する人がいます。私はカウンセラーではないので、教育面から子どもとお母さんの成長を支援しています。ここは教育大学ではなく芸術大学ですから、子どもに対して、芸術的な体験の種をまくところから始めています。その一番良い方法は、といっても、言葉でいうほどうまくできないので、3歳の子どもに戻ったつもりで子どもと接しながら試行錯誤し模索しています。

子どもたちの能力を高めることを主眼とした教育をしようとは思っていません。
それよりはむしろ変化に対応できる器を育てたいのです。
子どもは自然や友達と仲良くなるプロセスの中で生きる術を身につけていきます。兄弟でも誰でも連れてきていいようにしているのも、異なる年齢の人とも関わり仲良くなっていけるようになるからです。
ここでの試みを、ひとつの教育機関の中でのクローズドな取り組みに終わらせたくない。トップダウンの新しいシステムをめざすのではなく、ボトムアップの運動体でありたいと思っているのです。

--(小野)子どもを育てることは、子ども時代を生き直すことに通じるような気がします。
子どもの時に取りこぼした経験を補ったり、子どもの時に抱えた問題や傷を、子どもを育てる中で解決していったりすることが多いと思いますが。。。

笠原 各々が大人になって気づいたところから始めればいいと思います。ここでは、親子で「ものを見るとはどういうことか」考えることから始めました。こども芸術大学の3年間の中で、お母さん達には子どもたちの生活の中にさまざまな物語(場)が流れているのを目の当たりにすることで、母として何を大切にし、何をするか、つまり「ブレない何か」を掴んで欲しいと思っています。私たちはカリキュラムの大枠は作りますが、お母さんがそれぞれ課題を見つけて欲しい。
そのために、大学の講座の聴講ができるようにし、母親ミーティングを行って、運営にも関わっていただいています。最初は親が学ぶってどういうこと?という声がありましたが、母親たちが学ぶ中からプログラムが生まれています。
例えば「だれだろうね」という創作絵本は、娘につれられて毎日のように大学の裏山(瓜生山)を歩くうちに、親も生き物の気配を感じるようになって、子どもの絵を紙芝居に仕立てた話です。「フエルトで虫づくり」は、昆虫になりきって過ごしている子どもが描いた絵に親が感銘して作った作品。
このように、生活を通してプログラムが、プログラムを通して生活が相互につくりあげられていっています。

こども芸術大学は親が自分自身をどうとらえてゆき、どう子どもと共生していくかを実験する場でもあります。

●子どもはどうやって学んでいくか?

笠原 子どもの絵は芸術かと聞かれることがあります。「表現の全てが芸術」という考え方と「芸術とはこういうもの」という考え方があります。例えば子どもがアサガオを観察し、その美しさに気づいて言葉や絵で表現していくプロセスそのものも芸術だと思いますが、これを芸術教育としてはどうあつかうか。
私は、大学の授業では、学生に「あなた自身はどう思いますか」と、子ども観、芸術観、教育観を問いかけて、学生同士でシェアしてもらうようにしています。

モノをつくり表現することって、本来はゴミをつくることではありませんよね?
大人になると、こうしたことがコンセプチュアルに考えるなかでできるようになるものですが、子どもは実物をさわりモノをつくるなかで、ものごとがどういうことかわかってきます。しかし「わかるために学ぶ」のと、「遊ぶことで学ぶ」のは大きく違うと思います。
21世紀において、アートとは、多くの人と共有していける美しいコトを追求する術なのではないでしょうか?
芸術教育においては、それぞれの課題意識の中から問いをたてていくというプロセスを評価すべきでしょう。
必要なのは、ものごとを注意深く肯定的に見直しながら、さまざまなものをつなげていける人材です。

--(森川)ものごとを注意深く肯定的に見直す、というのは、私たちの子どもワークショップフォーラムの視点と共通しています。ワークショップ、子どもの体験学習が広く執り行われる昨今、何のための、誰のためのワークショップなのかを、みつめなおしたいと思って今回のフォーラム開催を考え、こうして準備を進めています。

笠原 子どもほど注意深く肯定的に受け止められていない存在はいないかもしれませんね。

--(小野)反対に、子どもほど親を注意深く肯定的に見ている存在はいません。同じことをしている姿にドキッとします。

笠原 そのことは、このプロジェクトを通じて再確認しています。ここではよく子どもが泣きます。母親がいることで安心して泣けるのか、感情を素直に表現しています。その感情を受け
止めるのはしんどいことですが。。。

--(小野)「泣いちゃダメ」と育った人は、子どもが泣くことを許せなかったりとか、子ども時代の体験は、親になった時の子どもの対応に大きく影響してくると思います。そういう意味でお母さんが自分の課題に気づいたり、向き合ったり、学んでいくことをサポートしてくれる場があることは、幸せな子どもを育てることの基本かもしれませんね。「お母さんの教育」を大事にしていることを、とても興味深く感じました。
子どもと一緒にお母さんが育っていくところが素敵ですね。

●人から人へ伝わるもの

--(森川)運動体として取り組んで行くことを意識している、とおっしゃいましたが、その流通システムや経路については、どうお考えですか?

笠原 トップダウンではうまくいきません。人伝いに「におい」が移っていくような、そのにおいに電気が供給されていくようなインフラをもつこと。そんな場が作れないかと思っています。

--(森川)その問題意識も共通しています(笑)。今回の探訪先も各地の数ある子どもの体験的な学びの現場から「におい」で選んでいったようなものです。

笠原 いい活動があちらこちらにあるのを、見えるようしていく必要がありますね。こうすればこうなる、みたいな教育効果に注目が行きがちですが、子どもの笑顔がなければ、教育現場
に平和がなければ、教育者は単に作り話をしているにすぎないことになります。
大きなことをいう前に、平和であることを自分自身が確認できることも大事なのではないでしょうか?

--(小野)「芸術家がなしえる固有性」について、笠原さんはどうお考えですか?

 笠原 はたして芸術に固有性があるでしょうか?模索中です。能力向上という軸はあってもいいですが、あまり興味はありません。学生時代に「飢えた子に文学は何をできるというのだろう」という一節を聞いて芸術に置き換えてみました。当時の私の答えは最後は、やっぱり「絵に描いた餅は食えぬ」でした。

--(小野)問いつづけるのですね。

--(森川)教育とは、自分自身で問いを見出せるようになるための環境づくりだと思っています。だから、ワークショップは促成栽培のための体験学習に使われるものではないと思います。

--(小野)結果として能力は高まりますが、それを目的とはしたくないですね。ここを皆で考えてフォーラムの場で話し合っていきたいし、この後の旅でも考えたいです。

 笠原 その想いは、きっと皆さんが動いていくほどに膨らむでしょうね(笑)

--(小野)そういう膨らみの中で真理が見えてくるのかもしれませんね。そんな場をコーディネートできたらいいな。ゲストや参加者のみなさんが、お互いの力や情報を出し合って元気になれる場にしていきたいと思います。

--(森川)運動体でありたい、というここでの試みを、フォーラムの視点につなげていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

(2006.9.26訪問 記録:穴澤剛行、小野三津子 編集:森川千鶴)

投稿者 yoshizawa : 00:49

 
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