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2006年11月16日
ゲストインタビューその3・吉野了嗣さん

カルスト台地の平尾台。ひらおだい四季の丘小学校の子ども達は、月曜日にやってきて寄宿し、金曜日に家に帰る。
7月。探訪先を検討していたスタッフに、「きのくに子どもの村学園をモデルにした学校が北九州にもできた」という情報が届きました。今回のフォーラムの参加者からの情報でした。
それに先んじて訪問を決定していた和歌山の「きのくにこどもの村学園」は、「自己決定を重視する」「個性を尊重する」「体験と仕事を学習の中心にすえる」という三原則を統合した活動「プロジェクト」を最大の特徴とする「自由な子ども」という新しい理念を掲げた学校。画一的な学校教育を変えたい、と学校法人として展開しています。
きのくに子どもの村学園の探訪レポートは→こちらから
吉野了嗣さんは、この学園のあり方に感銘をうけたことから、北九州にこの春新しく小学校をスタートさせました。
NPO法人ひらおだい自然塾を母体に、「九州自然学園」という学校法人を立ち上げた実質の代表者である吉野さんに、北九州という場所でどんな思いと経緯で学校を創るに至ったのかを伺うため、開校したばかりのひらおだい四季の丘小学校を訪れました。
吉野さんの詳しいプロフィールは→こちらから
●すべての学びは生活体験の中から
--ご自分で学校を創ることを考えたきっかけは何ですか?
吉野 生まれは東京ですが、都会でやりたいことは、やり尽くした感がありました(笑)。
妻の実家のある福岡に移って、当初不登校の若者たちのためのフリースクールを立ち上げていました。
彼らと接するうちに、子どもの居場所が問題なのではなく、これは教育の問題だと強く感じました。
生きる力を持つ、考える子ども。そんなふうに育てられてきていないのです。彼らに必要なものは何か?を探しているときに、きのくにこどもの村学園のことを知りました。学園に足を運んでみて、これが自分のめざす教育のあり方だと思いました。
1997年、自然体験教育を実践するために、ひらおだい自然塾(02年にはNPOとして認証)を設立し、そこでの活動に8年間携わる中、すべての学びは生活体験の中から、と確信しました。
--なぜ平尾台という場所を選んだのですか?
吉野 平尾台は、標高数百メートルのカルスト台地。多数の鍾乳洞があるんですが、牝鹿洞は、うちの学校法人グループが管理を行っていて、子供達の教育活動に活用することもあります。
ここは実に便利な田舎です。国道から山道を上ってくる時間を入れても、市街地から車で40分ほど。空港はもっと近いです。
地域住民は100人ほどのこの地区には、もう就学してくる子どもがいません。学校は地域の中心でもありますが、子どもが居ないと学校を残すことはできません。
地域に学校を残す、という意義に加えて、北九州市が、04年12月の「自立と共生の教育特区」として認可されたことも設立の追い風になり、市立新道寺小学校平尾分校を校舎として使用することができるようになりました。
特区では、指導要領で、教科学習のシフトが可能になりました。ユースフルワークを教科としてみなすことができるようになり、生活そのものが学習という考え方が受け入れられています。
きのくにの堀さんに学んで、ここにあるからこの学校の存在価値がある、と思えるようになりました。
自然に学ぶ。山や大地が教科書です。
●「なりたい」と思う気持ちを育てる
--現状の教育のあり方に危惧があった。。。?
吉野 人との関係が、経済効率がいいか悪いかだけではかられるようなご時勢への危惧があります。
学校は勉強を教える場だけではないと思っています。また、教育とは、人と人とのかかわりのなかで社会性をつちかっていくことを学ぶものだと思っています。
フリースクールを経てきた経験から、自分は「できない」と思わされてきた子どもたちをたくさんみました。でも彼らに、自分の意欲や好奇心から、「なりたい」と思う気持ちを育てることはできる、と思っています。ただ、子どもの好奇心を育てるには、時間も手間もかかる。記憶に残るのは、授業の風景ではなく、体験ですからね。
国が検討しているというバウチャー制度には、期待しています。選択肢を広げるような考え方だと思っている。いろんなやりかたがあって、公立だからできないわけじゃないと思いたい。私が見聞きしているだけでも、長野県の伊那小学校、愛知県の小川小学校、千葉県の我孫子小学校など、すばらしいとりくみをしている公立学校はたくさんありますし。
ひらおだいの学習システムは、きのくにを踏襲しているのですが、当初、指導要領に抵触すると行政の抵抗に遭いました。自分で学校を創ろうと思った時には、制度をよく知らなかったんです。その後、国の特区制度が追い風になりました。
--開校にいたるまで、8年かかったのですね。
吉野 いや、よく8年でできたと思っています。
最初は、ひらおだい自然塾をはじめたところから。不登校の高校生を畑仕事や山登りに連れて行っていたのが、自分の中で進化していったんですね。
ニーズがあって週末の体験活動として現在も続けているひらおだい自然塾には、土日毎に来る子どももいますが、月1回固定メンバーでのプログラムを行っています。
地域の人に借り受けることができた牛舎がベースキャンプ。ここが使えるようになったことで、活動が広がって行きました。長期の休みのときのキャンプも、4泊5日から始まって、1週間、2週間と広がりましたが、試行錯誤を経て、一昨年に10泊11日に落ちついたところです。
●共感できる大人たちのつながり
--この学校の規模や特色を教えて下さい。
吉野 開校した今年は、生徒は11人です。うち9人がひらおだい自然塾出身で、今後60人まで受け入れる予定です。
60人というのは、コミュニティの適正規模で、教員から顔が見える人数でしょう。
現在は、ひらおだい自然塾のスタッフときのくにから先生を派遣していただいています。
自己決定のできる子どもは、自己中心というのとは、全くちがいます。その子どもの中でできることがあるのを自分でわかっているということです。
基地づくり、畑づくり。みんな子どもたちが、かかわりの中から考えて行っています。
ここでは、体験に基づいた学びがあるから、学力のバックグラウンドが違うんです。例えば、材木の切り方から学ぶ経験があるから、子どもたちにとっては、数字にも人格があるのです。
親御さんたちとは、意識と危機感を共有していますね。仲間であり、同志のようなかかわりだと思っています。
--これから取り組んでいきたいことは?
現状の学校を見直す、という作業は必要だと思います。
学校を作るのにはさまざまなかたちがありますよね。発起人は教育者でなくてもいいと思うんですが、株式会社がつくったり、なんでもいいとは思わない。
これから、2年後には中学校を作ることを考えているんです。それから、学校経営としても、ちゃんと成り立たせていきたいと考えています。
(2006.10.17訪問 記録・編集:森川千鶴)
投稿者 yoshizawa : 2006年11月16日 00:52