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2006年11月08日
関西探訪・大阪座談会記録(前編)

会場となったオーガニックレストラン。緊張を緩めることのできる場でありたい、とオーナーの槙野さん。
全国フォーラムにいたるプロセスもフォーラムの一環にしようと、スタッフは、探訪先で活動を紹介していただくだけでなく、さまざまな方たちにじっくりお話を伺う機会を持ちました。
大阪では「子どもとワークショップ〜子どもにどんな思いでかかわっていますか?」をテーマに、座談会をおこないました。
→レポートブログ
2004年のフォーラム(赤城山)で、ゲストのお一人として松原高校教諭の檜本直之さんにおいでいただきました。
今回「子どもとワークショップ」というテーマを考えた時、松原高校でのとりくみが頭に浮かび、改めて子どもフォーラムスタッフで檜本さんをお訪ねしたいと考えました。
「ワークショップ」が瞬間の技法ではなく、在学中の日常を通してデザインされていることで、ひとりひとりの存在が大切にされ、その環境から子どもたちが学びとっていくものの深さ、確かさを、このテーマにおいても注目したいと考えたからです。
ところが、探訪のタイミングはあいにく考査期間中。現場へ伺うことはかないませんでしたが、檜本さんとかかわりの深いみなさんも一堂に会して、座談会的な輪を持つことができました。
会場をライブも可能なレストランに設定したため、お招きしたみなさんの旧知の大勢の方々が集まってくださっての輪になりました。
<お招きした方々(あいうえお順)>
・円満堂修治さん(Office Enmando 写真家)
・川口隆志さん(大阪府高槻市立富田青少年交流センター 社会教育主事)
・檜本直之さん(大阪府立松原高校 教諭)
・松木正さん (マザーアースエデュケーション 主宰)
→みなさんのプロフィール
本文は、続きを読む、でご覧下さい。
●ワークショップの可能性
--(森川)はじめまして。今年11月に行うワークショップフォーラムは、子どもたちに関わる大人たちに向けたものです。
島根を会場に選んだことで、西日本で行われている「ワークショップ」や「子どもへの取り組み」を知りたいと思い、スタッフで探訪をはじめました。
今回の関西がその第1弾となります。
現場を訪ね歩きながら、なぜ、誰のための「ワークショップ」なのかを考えています。
「現場の根っこに流れているものは何だろう?」を探していたら、今日は縁あってこうした場を持つことができました。
お互いの自己紹介をしましょうか。私は東京の多摩ニュータウンに住んでいます。
コミュニケーションが希薄だといわれる街で、自分にできることで地域の人たちと関わっていこうと、いろいろ試みています。
檜本 非常に懐かしいメンバーのつどいで楽しみです。
松木 4年生と中学1年生の子どもがいます(笑)。神戸市北区に住んでます。
川口 高槻の富田青少年交流センターは、同和地区にある青少年施設で、子どもたちを中心に活動を行っています。
私には、中1の娘と、小学4の息子がおり、この地域に住んでいます。自分の子どもたちも職場に来ていて、自分のしたい教育が出来る恵まれた環境で働いています。
円満堂 この4人の中では異質な存在です。サラリーマン(ライスワーク)をしながら、趣味の時間を使って子どもたちになどに対して写真を通した環境教育(ライフワーク)に関わっています。
--(小野)環境教育の仕事をしていましたが、子どもを田舎で育てたいなあと思い、今は田舎暮らしをしています。
都会にいるときは自然の豊かさに憧れていましたが、今は豊かな人間関係に惹かれます。子どもへの暴力防止(CAP)活動をしています。
--(森川)ワークショップというのは、ポピュラーですか?
(〜会場に)みなさんの周りでは定着していますか?
(会場)ワークショップはわかるけど、定着しているとは思わない。
--(森川)ではワークショップにできること、できないことについて、どう考えますか?
川口 ワークショップには、無限大の可能性があると思います。効果的かどうかは、評価の仕方によっても変わってくる。
檜本 求めるものによって、可能性の有る無しが決まってくるでしょう。
その場所(ワークショップ)は非日常の空間だから所詮非日常。日常とは違う。
そこで起こった体験を、仕掛けた人がどうとらえるかでワークショップの評価は、変わってくるから、まず共通言語を作っていくのが大切ではないでしょうか?
円満堂 ここにいる人たちと、ワークショップを通じて知り合い、世界が広がりました。
一つのコミュニティー(会社)での生活が基本だったら、狭いままかもしれないけれど。今日のようにいろんな人が集まることで、人とのつながりを生む可能性がありますよね。
つながりは多ければ多いほどいいと思います。
松木 みんなとだいたいいっしょ(笑)。困難、無理ですっていうのには出会ったことがないですね。極端な話「夫婦生活」だってそうですよね。向き合って共に生活するのもワークショップだし、時々うまくいかなかったり、ケンカしたりしたときに、お互いの気持ちを伝えあい、よりよい関係を築き上げていくという意味で、幸福づくりのワークショップですよねぇ。
--(森川)この質問の背景には、技法や言葉が先行することへの危惧があるのです。
あるとき、「アイスブレイク」がなかったから「その場に打ち解けられなかった」という学生がいました。あいさつや自己紹介は「アイスブレイク」とは受け取れなかったのだな、と思いました。
受けとめた体験を大人は一般化できるかもしれないけれど、子どもはありのままを素直に受けとめてしまうことを、子どもにかかわる大人が本当にわかってやっているだろうか、と気にかかるときがあります。
●子どもの心に「熾き(おき)」をつくる
--(小野) 子どもとかかわる時に大切にしていること、心がけていること、
大切にしている言葉を教えていただけますか?
(会場から)「子どもの学びや経験を阻害しない」
「間違っていても自己選択を尊重する」
「人として対等という関係が大切」
「子ども扱いしない」
--(小野) 「本気で向かい合う」
--(森川) 「見守る」
円満堂 「子どものアングル」。
写真を撮るとき、子どもの見方を大切にしたい。
川口 「ありがとう」ですね。
子どもと接するときに、つい指示が多くなってしまう。
子どもを一人の人間として向き合い、人として認めてあげたい。
松木 「本気(ほんまもん)のおっちゃん、ありのままの自分自身、レスポンス」。
お互いのレスポンスが大切。人は人からのレスポンスを受けとりながら自己認識するし、レスポンスによって関係性が変わっていく。
檜本 「自分>仕事、待つ」。役割を意識しているけれど、感じている自分を大事にしたい。それから、見る、聞く、より、待つことを大事にしたい。
松木 子ども扱いしないってどういうこと?というのは、〜しない、という考えでは、問題が解決しにくいと思うから。どうしたいのか、という肯定的・能動的な考えに置き換えると?
(会場)子どもの心の中にあるものが、実はすべて外には出てきてないのではないではないか。表面に出てきているものだけを見て、そのメッセージを受けとめきれていないかもしれない。そう感じているからこそ、きっちりと子どもと向き合いたいと思うのです。
--(森川)娘が4年生のとき、夕食の食卓で、「総合学習の時間、耳の聞こえない人に、『好きなことは何ですか?』とかいろいろインタビューした」という話題になりました。授業の終わりに感想文を書いたということでしたが、話を聴いていくうちに、子どもが、「なんか、私すごく感動してたみたい」といいながら、急に涙をこぼした。心からわき上がる何かがあふれたような涙でした。それを見て、子どもが非常に深いところで感じているということに気がついた。
子ども自身がふりかえる場面がある。子どもの体験の深さがいつか出てくる、そんなことを大切に見守りたいと思います。
松木 子どもの体験は、薪を燃やしているようなものですよね。そのひとつの体験は、実は心の中に「熾き(おき)」をつくっているのだと思う。
「熾き」は、非常に熱く何かの拍子に薪をくべてやると、ぼっと燃え上がるものです。さまざまな体験からどれだけ「熾き」をつくるのかがポイントで、燻っているだけにしておいてほしくない。ボッと熱く燃えてほしい。どう燃やすか(タイミング良く手を入れたり、空気の通りをよくしたり)が、ファシリテーターの資質ではないでしょうか。
また、大人はどうしても目の前で見えること(現状)で評価しますが、子どもの成長を点で見るのでなく、変化の中で見てほしいですね。
●おとなのありよう
松木 ところで、松原高校ってどんな学校?(と会場にいた松原高校出身者へ質問)
(出身者A) 松高があったから、今がある。夢があってそれが出来たのは、自分を認めてくれる先生のひと声があったからです。見守ってくれる大人がいた。
こっちが思いを持っていることを受けとめて理解してもらったことがよかったです。
中学生の同級生に「めっちゃ変わったなぁ」とびっくりされたけど、私自身松原高校に来て変わったと思う。
(出身者B) 松高は暖かかった。いろんな人との出会いがあり、そこで自分自身が大きく変わった。大学に入って違う環境になってつらいときもあるけど、松高の経験が乗り越えていこう、という気持ちにさせてくれています。
檜本 この2人は普通の高校生でしたよ。今日来ている2人の高校生活での過ごした時間は、時間的なものではなく、密度の濃さが違いました。周りの空気(同級生・先生など)が共感できる場が松原高校にはあったからです。
とはいえ、いろんなチャンスがあっても、自分の自尊感情が低くて、高校生活の中で2人のようになれなかった生徒もいます。
それは、たぶん、本来あるべきはずのところに、「熾き」がない子どもたちなんでしょう。もっと前の段階、高校以前からの「熾き」をつくるための経験が必要なんだろうと思います。
--(森川) 大人の声のかけ方一つで体験の受けとめ方が違ってくることをよく思います。他人と比較されてダメだといわれたら、子どもは自信を失いますよね。
(会場)専門家である教師がちゃんと関われない現状があるのに、子どもとの関わりについてこんなに一生懸命話をしている人たちがいるのに驚きました。
なんとかしようと取り組んでいますが、なかなか成果が上がりませんし、実際多くの苦情が教育の現場に向けられます。先生の力量をどうあげるか。その仕掛けをどうするかが私の課題です。
(前編終わり/→後編につづく)
(2006.9.27(水) 於:南風楽天〜大阪府高槻市)
インタビュアー:森川千鶴・小野三津子
記録:青田真樹 編集:森川千鶴
投稿者 森川千鶴 : 2006年11月08日 23:00