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2006年09月20日

アイスブレイク考

「ワークショップ」という言葉の認知度は高くなっているけれど、それぞれの分野の専門の人からすれば当たり前の概念や用語は、それほど一般的なものじゃないことがありますよね?

先日、大学生を対象にしたリーダーシップ研修の講師をつとめる機会がありました。

 

研修を終えてのふりかえりの中に、アイスブレイクがなかったこともあって打ち解けにくかった。アイスブレイクの重要性を感じた、という感想がありました。

そうか。。。あいさつやお互いの自己紹介は、その場のアイスブレイクとは受けとめられていなかったのだな、とわかって、自分の力不足を脇に置いても、考えさせられるものがありました。

技法が際立ち、その場を促進することで開かれるものがあるのは確かで、一方、時間をかけて醸成するものにまどろこしさを感じ、わかりやすい技法への依存もうらはらにあるのだろうと思いました。
それでも、目的さえを見失わなければ、どちらのたどる道も同じことでしょう。

さきほどの感想を伝えた学生は、テーマの課題に向かいつつ、自分のかかわる小グループで起きていること、講師との関係、そこで起こっているプロセス、つまり場をよく見ていたことがわかりました。

子どもはまばたきでカメラのシャッターを押すように、素直に経験や体験をインプットしていく。
こうした機会の体験が、かれらの未来の一部になっていきます。
アイスブブレイクを考えたのではなく、アイスブレイクから考、でした。
ところで、「アイスブレイク」って、ポピュラーですか?


投稿者 森川千鶴 : 2006年09月20日 03:27

 
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